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自遊旅

World's Steepest Street |
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※イランの首都テヘランより届きました世界一周中の小口良平会員からの報告です。(2011年8月27日)

「強盗・交通事故・旅のトラブル-イラン」
イランの首都テヘランに到着しました。 敬虔なイスラム教徒の多いマシュハドと違い、カラフルでファッショナブルなノルサーリー(民族衣装)をまとっている女性が多いのが印象的 で興味深いです。 マシュハドからテヘランまで約900kmありましたが、トルクメニスタンで鍛えられた走行感が手伝って4日で走りきれました。3日目には1日で272km走れました。 トルクメニスタンからイランのテヘランまで約1600km、8日で走ったことになります。
ラマダン(断食)期間中のマシュハドからテヘランまでの砂漠ルートは、集落全体がラマダンをしていて水と食料が手に入れられず、予期していなかった無補給地帯 130kmとなり、喉カラカラ、命からがらになったのがラマダンのいい思い出です。そして、ラマダンだけではなくイランにはとても深い深い思い出が出来きました。それは、テヘランより70km南西の小さな町での出来事です。
自転車で走行中に男から声をかけられて立ち止まりました。 彼の勧めで2かけらメロンを頂きました。 食後に彼が指先をこすりお金を要求してきました。 「冗談でしょ!」 と軽くかわすと、なぜか私の股間を触ってきました。 布団を指差してきたので、何がしたいのかは分かりましたが、もちろん受ける気はありません。 気味が悪いのでメロンのお礼だけ言ってその場を早々に立ち去りました。
すると彼がついてきて、「Good bye」と言ってきたので、こちらも安心して握手をしてそれに答えました。 そのときです。 握手をしたその手で顔面にパンチをもらいました。 来るとわかっていても自転車にまたがっていると、キレイにもらってしまうのですね。 ヘルメットのサンバイザーが吹っ飛び、その場に転倒しました。 運よくサングラスがガードとなったので、目には異常もなく、鼻も折れませんでした(病院に行ってないのでわかりませんが・・・)。 しかしサングラスが破損し、サングラスの鼻受けの部分が皮膚に食い込み出血しました。 目の前がパチパチと目くらましになっている間に、またしても貴重品を取っていかれました。 慌てて追いかけるも、その貴重品は第三者に渡されたようで見当たりません。 その強盗は追いかけて羽交い絞めにして取り押さえました。 近くの人に警察を呼んでもらい、その強盗犯を警察に突き出しました。 彼は手錠をされ、警官に殴られ、留置所に入れられました。 イスラム式の「目には目を」なのでしょうか。 失った貴重品は見つかりません。 どうやらその男は痴呆症なのか、警官が頭を指してクルクルパーのジェスチャーをしていました。 進展のないままで埒があかないので、失った貴重品はあきらめ、保険請求のためのポリスレポートを書いてもらいました。 英語ではなくペルシャ語なので、保険がきくかどうかは不安ですが・・・。 その日は日もすっかり暮れてしまったので、警察署で日没後のラマダン流の夕食を一緒にさせてもらい、モスク(イスラム寺院)に泊めさせてもらいま した。
事件はこれで終わってくれれば良かったのですが、不幸は螺旋階段のように続くものですね。 ラマダン式の朝食をAM4:00に頂き、日の上がる6:00過ぎにテヘランに向かって出発しました。 スタートして2kmも走らない場所で、5m先のタクシーがバックをしてきました。 中央、中東アジアのバックはただのバックではありません。 彼らのバックは時速30km、フルにペダルを踏み込むのです。 「あっ!」 と思ったのほぼ同時くらいに私の体は宙を舞っていました。 たかがバックでもこれほどまでに凄まじい衝撃だとは思いませんでした。 バックしてきた車で重傷もあり得るのがアジアなんです。 体を地面に打ち付け、数秒間ブラックアウト(一時的気絶)し、何が何だかわかりませんが、車から降りてきたタクシー運転手とおそらく乗客らしき人 に抱えられ、道の端に寄せられました。 痛みで苦悶していると、エンジン音がしました。 まさかとは思い、目を開けてみるとタクシーが遠のいていくではありませんか。 「車を後続車の邪魔にならないようにちょっと移動させるだけだよなー・・・」 なんて甘い考えを少しでも考えた自分が馬鹿でした。 「ひき逃げ天国!」
頭から突如浮かんだ言葉です。以前のインドではね逃げされた経験も、今回またいかせず。 悶絶していたのでタクシーの運転手の顔も見ていません。 ただ遠のく黄色いベンツ風タクシーの後ろ姿しか覚えていません。 ナンバープレートもペルシャ語で書いてあるため暗記できるわけもなく、ただただ受け入れがたい現実を噛みしめてるばかりです。 付近の人が倒れている私を見て、救急車を呼んでくれました。 病院で診察してもらい、戻りたくない警察署に3時間後に戻る羽目になりました。
破壊された自転車やアイテムの損害を保険金でカバーするためには、再びポリスレポートがいるのです。 しかし今回は犯人が逃亡したため、警察も現場検証から渋っています。 インドネシアでタクシーにはねられ前歯を折ったときのように、ワイロが必要なようです。
事故後、警察署で過ごした写真を撮ったのですが、全て上官の警察に消されました。
イランの警官には本当に腹が煮えくり返りました。 殴られた自分の顔を撮った写真(無背景)まで消されたりしました。 無断で人の思いでを消すのは無しですよね。 マジでぶん殴りたかったですが、ポリスレポートもだしてもらえなくなるし、いいことは何1つないと思い我慢しました。
そして、事件発生後から7時間、ようやくポリスレポートを受け取ることが出来ました。 幸い、体は打撲と擦り傷で済みました。 しかしボクの体を守ってくれた自転車はそうはいきません。 キャリアが折れ、フレームとホイールに歪みが出ているようです。 ここテヘランでの不本意な滞在が長引きそうです。
このイランでの事件のつい9日前にはトルクメニスタンで出国間際に集団窃盗団に遭いました。
3日で走り抜けたトルクメニスタン最終日。16時の国境閉鎖時間まで4時間ある。 「ゆっくりと最後のランチを楽しもう☆」 国境の町サフラスは、大きすぎず小さすぎずだった。 目についたレストランにすぐに入り、メニューには数ある品が書いてあるが、たった1品しか作っていないマントウを頼んだ。 席に着くと、すぐに「ハロー」と見知らぬ少年がガラガラの店内にもかかわらず同席に着いた。 ほんとになんとなくなのだが、その彼に負のオーラを感じた。 それが単なる嫌悪感なのか、生理的拒絶なのかは分からない。 今思えば、そのオーラをもっと認識しておくべきだった。 その少年は同じものを頼むと、外にいたもう一人と入れ替わりに1つづつ口に入れた。 外を気にしている様子から、自分も自転車が気になり何度か外を出てチェックをしてみた。 しかし別段不変だった。 食事を済まして外に出ると、やはり先ほどの二人組が付いてきて、すぐに自転車のタイヤを指差した。 パンクだ。 「この暑さの中を走ってきたから熱パンクでもしたか・・・。」 しかし妙に変なパンクをしているなと訝しんだが、国境閉鎖時間が迫ってきているという思いがそれをすぐに打ち消した。 運の悪いことに空気入れが壊れている。 彼らが手招きをして、ポンプはこちらにあるという仕草をする。 ビザが切れてしまってはこれまでの苦労が水の泡だ。 それだけは避けたいボクは、藁をもすがる思いで彼らを頼った。 が、彼らの行く方向はどうも怪しい。 向かっている方向から、少し年上の中学生くらいの男の子が来た瞬間にその疑念は確信へと変わった。 旅の直観が働いたボクは、すぐさま引き返し、自力で修理することにした。 敢えてみんなが見える広場で。 少年らは手伝おうとするが、それを断った。 しかし場が悪い。 その広場にはたくさんの少年が集まってきて、ベトベトと荷物に触る。 修理に気がとられていた。 ここでも時間というプレッシャーが敵となった。 修理完了、さー出発というところで、最初に会った少年がボクのフロントバックをまさぐっているのを発見した。 慌てて荷物を回収したが、すでに時遅し。 フロントバックに入れてあった、貴重品と呼べる物が無くなっている。 大声で怒鳴り散らし、少年らを問い詰めるがすでに盗まれた物は所持していない。 その時ようやく気が付いた。 「彼らは集団窃盗グループだ!」 最初からボクをターゲットにしていた。 パンクをさせたのも、彼らのアジトに導いたのも全て段取り通り。 明らかに彼らは初犯ではない。 少なくともサイクリストから3~4度同じ犯罪を繰り返している手際の良さだ。 あの時の直観をもっと認識しておけばよかった。 これまで犯罪に会わなかったのは、きっと知らず知らずにその直観が働いて、危険な場所や人を避けていたのだ。 世界を走り、何千という人々を見てきて得た既定値からボクの直観は裏付けされている。 それを過度に言えば、いやスピリチュアル風に言えば、ボクにはある種の超能力があったのかもしれない。 それも今は失ったが・・・。
「小口良平 旅のトラブル」
2010年4月にインドネシアのジャカルタで交通事故で前歯2本を失い、自転車半壊。 2010年6月にタイのバンコクでチフスに羅患し4日間入院。 2010年8月に中国の昆明から広東行の列車の中で盗難被害。 2010年11月にインドの田舎町でオートバイにはね逃げされ、軽傷と自転車破損。 2010年12月にインドのデリーにてデング熱に羅患し5日間入院。 2010年12月にインドデリー安宿にて盗難被害。 2011年8月にトルクメニスタンのセラフスにて集団窃盗団に遭い、盗難被害。 2011年8月にイランの田舎町にて強盗被害。 2011年8月にイランの田舎町にて交通事故で、軽傷と自転車破損。
今回は9日間で3回の事件。 さすがにこの立て続けで、人も車も旅も不信感と恐怖感でいっぱいです。 町に出るのも正直ビクビクしています。 自分はヒツジで、一歩外に出ればそこは狼の巣のように感じます。 現にサイクルパンツ姿がいけないのか、とにかく股間や体を触ってくる男性が多いです。 ラマダン中の禁欲生活も影響しているのかもしれません。
でも私は諦めません。 夢を諦めません。 旅を続けます。 「毒には毒を持って制す!」療法で、徐々に人と接触していきたいと思います。
今後の日程は、9月14日のイランビザの切れる日に23ヵ国目のアゼルバイジャンにアスタナラの国境から入ります。 その後、24か国目のグルジア、25か国目のアルメニア、26か国目のナゴルノ・カラバフ、27か国目のトルコには10月上旬の到着を予定してい ます。 トルコのイスタンブールに行けば、長く3年4か月に渡ったアジア横断が達成されます。 世界一周への道のりはまだまだ長いようです。
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小口良平 ブログ:地球一蹴
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地球体験レポート 中国横断 パミール高原 ウィーンから
大寒波の東欧  |
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