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プロフィール
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石田 裕輔
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世界一周 (1995/7~2002/12)87ヵ国・94,494km走破
ロンドンの日本語情報誌「週間ジャーニー」にエッセイ270話を連載
著書:「行かずに死ねるか!」、「いちばん危険なトイレといちばんの星空」、「洗面器でヤギごはん」ほか
1995年7月から世界一周を目指していた石田裕輔(ライター)は、2002年10月27日、87ヵ国95000kmを走破して帰国。12月30日、和歌山県の実家にゴールし、7年5ヶ月の旅を終えた。
―夕日が、海を赤く染め始めた。実家の近くの、海沿いの道の上に車を止めて、その横に父が立っていた。「どんな走りをしているのか見に来た。」と笑顔でいう8年ぶりに会う父。再会の喜びの中にどこか譬えようのない寂しさがあった。個々の中の約束していく時の流れ、その無情さ、それと相反するこの世の永久不滅の時の超然たる歩み、生の営みの本質的なはかなさ・・・。不意に胸が締め付けられるような思いが走った。「気をつけて帰ってこいよ。」父はそう言って先に家に帰った。―
こうして生まれ故郷白浜の赤い夕日と暖かい家族、友人達に迎えられた石田ではあるが、南米での悪夢は忘れることができない。
―アラスカを南下し旅も2年目に入った初日に事件は起きた。ペルー北部で3人組の武装強盗に襲われ、命と自転車だけは助かったものの、チェックや現金、パスポートをはじめ、すべての荷物を強奪に遭った。決定的だったのは、盗難後すぐに処置をとったにもかかわらず、30万円のトラベラーズチェックが犯人たちに使われていたこと。体調も最悪の状態となり、原因不明の発熱で安宿のベッドで寝たきりの日々が続き、強盗たちが襲い掛かってくる時のあの鬼気迫る眼光が脳裏に際限なく浮かんだ。神が「旅をやめて日本に帰れ」と言っているのではないかと苛んだ。運気がこれほど落ち込んでいる中で、無理に出発すれば次こそ死ぬのではないか。真剣にそう思った。しかし、一方では、「今背を向けたらこの先一生暗い影がつきまとう。前進してこの谷を乗り越え這い上がらねば。」これが唯一の拠り所だった。
事件の40日後、再出発する。強盗のトラウマは想像以上に自分の中に深く刻まれ、常に物陰に怯え、人の目に怯えながら走るという暗鬱な日々が続いた。ただ、今から思えば、この日があったからこそ僕はなんとか谷を乗り越えることができた。いつしか強盗たちの目は僕の日常から消えてしまい、旅がまた楽しくなっていた―。
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世界一周記録 |
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