自動運転時代の道路交通 Ⅰ ― 全ての自動車は公共交通機関になる ―
2018年6月10日
※自転車研究家の鈴木邦友評議員からの報告です。(2018年6月10日)
世界中で自動運転が話題になっている。私たちが使用する自動車が自動運転化をするのもそう遠い未来のことではない。あと数年先には無人の自動車が走り出し、十数年もすると人が自動車を運転することすら許されない時代が来ようとしている。車内には「運転中は操縦装置には絶対に触れないでください。」などというアナウンスが流れるかもしれないし、いずれハンドルやペダル等操縦装置自体なくなってしまうことになるだろう。
もし全ての自動車が無人化するとなると、当然バスやタクシー等公共交通機関も無人化する。というよりは真っ先に無人化するだろう。自動車運送の世界は現在人材不足と高齢化が深刻な問題であり、自動運転に期待する業種も多くあるからだ。
では公共交通機関が無人化するとどうなるか考えてみよう。
例えばタクシー事業の場合、その経費の約80%は人件費といわれている。タクシー車両は一日24時間365日ほぼ休むことなく稼働している。ちなみにタクシー一台に乗務員一人は必要になるので、一台のタクシーを24時間365日稼働させるには、一台当り約2.5人の乗務員が必要になる。100台のタクシー車両を保有するタクシー会社で100%の稼働率を保つには、約250人の乗務員が必要ということになる。
その他運輸規則上保有台数によって定められた数の運行管理者や整備管理者も必要となる。さらに経理部門や総務部門における業務内容も乗務員の勤怠管理が中心となる。つまり運転以外の事務職・管理職も「人を管理する」ということが主な仕事となっている。
もしこれらの経費が削減できるとすれば、タクシーの運賃も大幅に下がることになる。タクシー業界に精通した有識者・研究家、タクシー会社経営者等の試算によれば、現在の運賃と比べて1/4からさらに自動運転化による新たなサービスを展開することにより無料にもできるとした研究結果も出ている。現在都内のタクシー初乗り運賃は1,052mで410円、加算運賃は237mで80円となるので、最も高い結果である1/4としても、1,052m以下なら103円、2kmで183円となる。さらに一台のタクシーに4人で乗ったとすれば、2kmの一人あたりの運賃は46円で、この運賃なら、通勤や通学、買い物やレジャーでタクシーというのも十分考えられる。長距離で東京駅から新大阪駅までタクシーを走らせたとすると現在の運賃では約18万円だが、それが4万5千円で行けることになり、4人で乗れば一人当たりなんと11,250円ということになる。
さらにだ、これからの自動車は電気で動くようになる。タクシー車両も例外ではなく、そうなると燃料費は現在の1/3以下になると言われている。しかも非接触充電システムともなれば、充電の手間や時間も節約できる。
車両価格を見ても、現在のエンジン自動車1台の部品点数は約10万点、そのうちエンジンには2万点ほどの部品が使われている。これに対し電気自動車では100点以下に抑えることができるため、車両価格も大幅に下げることができる。また複雑な構造をもたない電気自動車は整備性も良く、それに費やす時間や費用の軽減にもつながる。
もちろん市販直後の自動運転車は、個人が購入できるような価格ではないはず。しかし生産台数の増加とともに価格は安定し、やがて現在の自動車並み、いやそれ以下になることが予測できる。
さらに、車体にラッピング広告を施したり、モニターでCMを流したりすることにより、広告収入も期待できよう。
また車両にセンサーや通信機を取り付け、そこで得られた情報をリアルタイムに送信することで、情報提供料を得ることも考えられる。例えば車両の速度、ワイパーの動き、ライトの点灯を気象情報機関に送ることによって、極めて正確な気象情報を得ることができるようになる。例えばそのエリアにいるタクシーが昼間なのに前照灯を点け、高速でワイパーを動かし、のろのろ走行しているとすれば、そのエリアはゲリラ豪雨に見舞われていると判断できる。その情報を時系列に処理することによって、災害予測や、警報・注意報の発令、道路の規制等に役立たせることも可能になる。さらに車載防犯カメラと連動させれば、その状況を動画付きでリアルに提供することも可能になる。これがタクシー運賃が無料になる(無料に近くなる)という仕組みのようだ。
ではここで視点を変えてみてみよう。現在はどの家庭にも自家用自動車が存在している。わが国の自動車保有率は全国平均48%、約二人に一人は自動車を所有していることになる。わが国の人口は2016年の統計では1億2千7百万人なので単純計算で6千万台の自家用自動車があることになる。
しかしその全てが休みなく動いているかというと、決してそんなことはない。住宅地の駐車場を見てもわかる通り、多くの自家用車は走っている時間より止まっている時間の方がはるかに長い。土・日・祝日でさえその多くが駐車場に停められたままだ。現に筆者もマイカーに乗るのは週に1~2回、ほんの数時間、走行距離も年間で2000km程度。それでも使いたい時にすぐ使えるという便利さで、所有しつづけている。移動するための道具が停まったまんまというのは、社会的にも経済的にも決して良い状態とは言えない。
例えばこのままの状況でマイカーを所有した場合の経費を算出してみよう。車検及び諸経費込の中古車(小型車)を200万円で購入し、6年間所有すると想定する。と、その間に2回の車検と3回の12ヶ月点検、ガソリンが燃費10kmで1,200リッター、都内で月2万円の駐車場を借りたとすると、それだけで年間約60万円かかることになる。これに毎年の税金や自動車保険料、消耗品代や修理代、メンテナンス費用、出先での有料駐車場代等が加わることになり、おおよそ年間70万円の出費となる。
もちろん自動車を運転するには免許証の取得や更新、事故の危険、運転をすることによる肉体的・精神的疲労、洗車や給油にかかる時間等金銭以外のリスクや手間も考えなければならない。
この経費をそのまま自動運転化されたタクシーを使ったとして算出しなおしてみる。一回の利用を最も割高な1km以内として、都内を営業圏とするタクシーを利用したとすると、【103円(初乗り運賃)×2,000km=206,000円】となり、回数では年間2,000回、一日約5回以上利用できる上、移動のための支出は自家用車と比べ1/3以下になる。
もうこうなると自動車を所有すること自体に疑問がわき、「自動車は所有せず、タクシーで移動していた方がよいのでは・・・・・?」ということになる。
その結果、自家用車の所有は激減し、人を運ぶための自動車は自動運転無人タクシー(※それをタクシーと呼んでいるかどうかはわからないが、カーシェアリングも含め本文中ではタクシーという名称を使用させていただく。)だけということになる。
ただし、これには一つだけ条件が必要。使いたい時にすぐ使えるというマイカー並みの便利さが求められ、マイカーがなくなった分だけ、タクシーを増車する必要がある。
では、ここで現在のタクシーについて話しをさせていただくことにしよう。
現在タクシーの保有台数は国により制限されていて、自由に増やすことはできない。国交省主導の下、既存のタクシー事業者においては増車は厳しく制限され、また新たにタクシー会社を起すことも難しい。これはタクシーの安全性を高めるための特別措置で、小泉内閣時代にタクシー事業を自由化したことにより、タクシーの台数が増え、競争が激化し、乗務員の労働環境が悪化、大きな社会問題になっていたからだ。この問題を解決すべくタクシー事業者の協力の下、タクシーを適正台数まで削減、増車や新会社の設立を抑制し、そこで働く者の労働環境や生活を安定化させ、交通事故やトラブル等の社会問題を抑えようという特別措置法が施行されるようになった。
さらにタクシー事業は、乗務員・企業共に営収が上がれば収入や利益が多くなる構造のため、お客様の多くいる場所にタクシーは集中してしまいがちとなる。このようなことから、曜日や時間帯、地域や天候によってタクシーが余ったり、足りなくなったりすることになる。
使いたいときに使えないという状況が生まれているのには、こんな訳があるからだ。
ところがだ、タクシーが無人自動運転になると話は大きく変わってくる。今までタクシーが抱えていた社会問題の多くは消滅してしまうことになる。そこで働く人々の生活を守るための法規制、つまり労働時間の制限や台数制限等の縛りを受けなくなってしまうからだ。そうなるとタクシーの台数を増やしても、過去にあったような社会問題はおこらなくなり、需要が多い時にオンタイムで供給を増やすことも、需要が少ない時に供給を減らすことも容易にできるようになる。需要と供給のバランスが取れ、効率的な運行ができるようになれば、タクシーはいつでもどこでも便利かつリーズナブルに使える移動手段となる。
その結果、自動車を所有するという概念までもなくなり、そのすべてが公共交通機関ということになる。
未来の道路上に存在する自動車は、物流のためのトラック(貨物車両)と様々なバリエーションのタクシー(旅客自動車)だけということになる。
つづく
鈴木邦友
参考文献:サイクルフィールド誌 2018 3 「未来の道路環境について考える」