これからの世界サイクリングとJACC
2024年7月17日
※自転車研究家の鈴木邦友評議員からの報告です。(2024年7月17日)
今は昔
「アイ ド ライク トゥー コール トゥー トーキョウ ジャパン バイ コレクトコール プリーズ」
日本にいる家族に自分が無事でいることを伝えるため、2~3か月に一度は国際電話をかけていた。もちろん大きな街で、言葉が通じるちょっと高めの宿に泊まった時に。宿の受付で電話機を借り、国際電話の掛け方を聞きながらドキドキしながらかけていた。もちろん旅費をセーブするため、電話はコレクトコール(料金受信人払い)。そのため家族にしかかけられなかった。それが日本語を話す唯一の機会でもあった。
特に急ぐことがなければ、はがきや手紙での通信だった。どの国でも郵便料金は結構リーズナブルであったし、これだったら家族以外の人たちにも出すことができる。書き貯めていたものを郵便局に持ち込み、切手を貼って出すだけ。ドキドキすることもない。ただし、いつ着くのかもわからなければ、着くかどうかもわからない。その手紙が着くころには、すでにその国にいないなんてこともよくあったようだ。
宿探しも大変だった。なにせ情報源は現地で入手した地図しかないわけだから、まずその地図上にある街まで行き、街に入ってから探すことになる。もちろんその街には宿がないということもあれば、あっても満室なんてこともある。そのために街に着く前に念のため安全にビバーグ(野営)ができそうな場所を探しておく必要もあった。宿がない時には、街で水や食料を入手しそこまで戻り夜を明かす。
時に街すらないなどということもあった。あってもガソリンスタンド一軒だけなんていうことも。ガソリンスタンドのオーナーに頼み込み、建物の裏の人目の付かないところにテントを張らせてもらい、一夜を明かすなんていうこともあった。
宿探しは毎日のことだけに、結構大変な作業だった。
もちろん宿に泊まるのは数日に一度、旅費を浮かすため通常キャンプ場や人目の付かないところでの野営となった。日々トワイライトタイムは宿泊場所探しのための時間となっていた。ロードサイドキャンプの場合には、人に見つからないようテントを張るのは日が沈んでからで、灯りも使えなかった。
地図上に記されている街がないどころか、道がないなんていうこともあった。内戦や隣国との戦闘で橋が破壊されていたり、自然災害で道が崩れてしまっていたり、時に自転車通行禁止等で数十キロメートルも大回りをさせられるなんていうこともあった。
ともかくそこまで行かないとわからないなんてことは普通のこと、それがあたりまえだった。
当時の旅行者たちは、そんな当たり前の中で旅行をつづけていた。
そのため、旅行に出る前にしっかり情報を入れることが重要で、世界を自転車で走ろうとする者にとって、私たちのJACCは唯一の情報提供機関であり、逆に世界を走る自転車旅行者たちの情報を管理し日本国内に配信する重要な機関でもあった。
今日
そんな時代から四半世紀以上の年月が経った。そんな苦労だらけの旅行スタイルも大きく変わった。情報化の時代は旅行や自転車旅行の世界にも訪れた。PCネットワークは世界中に張り巡らされ、誰もがその莫大な量の情報を自由に入手できる時代となった。「PC端末を使いこなすことが旅行の成功につながっている・・・・・。」といっても決して過言ではなかろう。
世界中の人と会話ができる通信機能を備えた小型PC端末は、世界中の人々に普及し、今ではそれを持たない人の方が希少な存在となっている。そのPC端末はインターネットというネットワークで世界中の情報源につながっていて、誰もが全世界の情報を自由に入手できるようになっている。しかもその情報はAIという人工知能機能でまとめられ、欲しい情報だけを効率よく入手できるようにもなった。もちろん情報を欲する方が日常で使う言語で。
また、世界中のネットワークとつながっていることから、どこにいようとも世界中の人とリアルタイムで通信することが可能。しかも静・動画像付きで。旅行中に家族や友達と毎日話すことだってできてしまうのだ。
これまでは、世界一周や日本一周等長い旅行をするときには、一度仕事を辞めてということが一般的だったが、いつでも通信ができれば仕事をつづけながら旅を楽しむことも可能になる。職場の会議やミーティングに出席することもできれば、アフターワークの飲み会に参加することだってできてしまう。実際先日開かれたJACCの定例会には海外サイクリング中のメンバーが出席していた。
今までなかなか許されなかった所帯持ちの長距離自転車旅行も、毎日近況報告ができれば、気軽に出られるようになるのかもしれない。「亭主元気で留守がいい・・・・・。」な~んてネッ。
実際そこで使われる通信機能付きPC端末は、少し前まではA4サイズのノートぐらいの大きさがあったが、今は手のひらサイズで、旅行や自転車旅行においても邪魔になるようなものではない。それに、電話やメールはもちろんのこと、時計・カレンダー、辞書・辞典、地図、ナビ、書籍・雑誌・音楽、カメラ・ビデオ、メモやレコーダー等の機能も持ち合わせているのだから、逆に旅の携行品は大幅に削減されることになる。懐中電灯まで要らなくなった。スマホという名のそのPC端末は掃除や洗濯、皿洗い以外だったら何でもできてしまうのではないかと思わされる。
例えばだ、そのPC端末を使えば、世界のどこにいようとも、これから走る予定ルートの風景や道路環境が映像で入手することができる。道幅や路面状況、交通量、時に道路に空いた穴まで。
それどころか、今晩泊まる宿も部屋の間取りや食事のメニューを画像で見ながら予約を入れることだってできてしまう。あとはスマホのナビゲーションアプリに従ってそこに向けペダルを踏むだけ。
旅行中、何か欲しいものがあれば、ネット通販サービスを利用し、宿やキャンプ場に配送してもらうなんてこともできる。山奥のキャンプ場だって、ネット環境は必須という時代、遅くても2~3日中には欲しいものが手に入る。今話題の食材宅配サービスエリア内だったら、キャンプ場にいながらご当地グルメを味わうことだってできてしまおう。
また、シェアリングという文化も定着しつつあるため、自転車をはじめ衣料品、旅行用品からキャンプ用具までレンタルできる。今後は手ぶらで世界一周自転車旅行ができるようになるのではないかとも思わされる。
バーチャルリアリティ「VR」(仮想現実)世界一周サイクリング
さらにこんなことだって……。少々未来的だが、自宅にいながら、ゴーグルとヘッドセットを装着し、エルゴメーターを踏みながら、一日2時間ずつVR(仮想現実)の中で自転車世界一周なんてことができるようになるかもしれない。AIの進歩で仮想現実の中で現地の方々と自由に会話が楽しめたり、エアコンや音響セットと連動させ現地の気温や様々な香り、音が感じられたり、舌の味覚に電気的刺激を送って現地の食事が味わえたりなどということもできるようになるかもしれない。
そうなると、多くの人々が自転車世界一周を経験できるようになる。今まで多くの危険の中で、膨大な時間と大金を使い、さらには大勢の人々を心配させ、時に迷惑をかけながら行ってきた長距離自転車旅行は、特別なものになってしまうかもしれない。さらにはウイークエンドのサイクリング自体もVRで楽しむものになってしまうことだって考えられる。実際の自転車に多くの荷物を積んでペダルを踏む本当のサイクリングは、資金や時間、生活環境に恵まれたほんの一部のサイクリストだけのものとなることも考えられる。
未来のサイクリング
では、今後現実化するだろう新しいスタイルのサイクリングというものを考えていくと。
まず、荷物がかなり少なくなることが考えられる。
これからの社会は入手する情報の量がものをいう時代。長距離サイクリングにしても、いかに多くの情報を得るかで快適さが変わる。
先程話したように荷物の量は半減するだろう。荷物の量が半減するということは自転車の総重量は極端に少なくなる。車両総重量の削減は自転車の走行性能を増すということに直結する。強いてはトラブルの減少や安全性の向上、乗員の負担の減少にもつながる。
例えば、世界中のサイクルショップの場所とそれぞれのショップの特徴がわかれば、自転車を修理するための余計な工具やスペアパーツの携行をしなくてもよいことになる。もちろんそこまで走るための応急処置は必要になるだろうが、応急処置方法はネット上ですぐ調べられるし、ネットで他の交通機関や運搬機関をチャーターすることだってできてしまう。壊れた部分や自転車ごと修理店に送って、修理終了後送り返してもらうなんていうことだってできてしまおう。
衣料品も旧来の長距離サイクリングでは、全ての季節や天候に備えて常時自転車に積んでいたが、ネットショッピングやネットオークション、シェアリングサービス等を使えば、その季節に必要なものだけを持っていればよいことになる。
さらには、多額なキャッシュを持ち歩く必要もなくなる。
このように実際小さなPC端末一つで、現金、キャッシュカード・クレジットカードの他、電話機、時計、辞書・辞典、地図・旅行ガイドブック、書籍・雑誌、オーディオ、カメラ・ビデオ、メモやレコーダー、懐中電灯、テレビ・ラジオ、ナビゲーションシステム、コンパス等様々な機能を備えているのだから、サイドバッグ二つ分ぐらいの荷物は減らせるはずだ。
次に無駄な時間の削減も考えられる。
いずれ世界では多くの事務業務がデジタル化されるはず。ビザの取得もネット上で完了する。いちいち大使館に行くこともなくなるだろう。
ネット決済ならその国の現金に両替する手間もなくなる。宿泊施設や食事の予約もネット上で可能となり、支払いの必要もない。宿泊施設が取れなかった時には衛星写真やストリートビューで安全に野営ができるところを探すこともできよう。
少し前までは、旅行者にとって旅行期間の長さが一つのステータスになっていたが、もしかするとこれからは、短い期間で効率よく旅することもステータスになってくるのではないかと思われる。
何せ一人の人間ができるだけ多くのことを経験し、それを社会のために還元してゆくには、一つひとつの挑戦や行動をできるだけ効率よくこなすことも求められるからだ。
これからのJACC
このように、自転車旅行の世界にもITやAIの普及による大変革時代が訪れている。しかもそれはこれからも進化を遂げてゆくであろう。
事実、JACC発足のころと比べ自転車旅行の様相は大きく変わってしまっている。そしてこれからも大きく変わってゆくことであろう。これまで蓄積されてきたJACCの知識や経験、そしてそれをベースにしてきたJACCの活動も大きく変わらざるを得なくなるだろう。
旧来どおりのJACCの活動内容の多くはAIに置き換えられ、PC端末さえあれば誰もがそこに蓄積された情報や経験を簡単に入手できるようになる。実際今後オリンピックでも、PC上で行うスポーツゲームが、正式にオリンピック種目に加えられようとしているのだから。それはそれで素晴らしいことであり、今後JACCとしてもそれら新たな社会の変化やテクノロジーの進歩とともに、未来の自転車旅行の普及・啓蒙活動を行ってゆかなくてはならないのではないかと思われる。
JACCのアドバイスや指導内容も、今までのように実際のやり方を具体的に伝えることは少なくなり、旅行中のネットやAIの使い方を中心にしたリファレンス型のものに変わるだろう。「こういうシチュエーションの時には、このアプリを使いましょう。」とか、「これをしたい時には、このサイトにアクセスしましょう。」とか、旅行に便利なサイトやアプリの使い方を教えているかもしれない。もちろんそんなことぐらいは今の若い方だったら十分に習得していることだろうが。
私たちJACCのメンバーの役目は、大きく変わってゆくことになるだろう。