永久名誉会員 福永 真二

世界一周中(1993/2/7~1994/7/9)に交通事故の犠牲に

「ただ無性にやりたいことをやってみたい」と、1993年2月7日世界一周へ旅立った和歌山の福永真二(26歳)。1994年7月9日午後7時半、アメリカ合衆国・モンタナ州グレートフォールス州近くのキャスケードという風光明媚なロッキー山脈を北上中、15歳の少女が運転するシボレーに激突され、90メートル跳ね飛ばされて還らぬ旅人となってしまった。

福永は出発前、北海道、沖縄等を度々訪れ、岐阜トート工場で半年余り住み込み労働で世界一周の旅費235万円を捻出するなど精力的に旅の準備を行い、台湾、中国、香港、マカオ、フィリピン、マレー半島、オーストラリア、ニュージーランド、フィジー、ラロトンガ、タヒチ、を経て、1994年6月6日、ロス入り。その後、北上を始め、カナダ・エドモントンの知人宅を目指していた。

1994年7月11日、外務省より連絡を受けた福永家は、7月12日、JACCへ悲報を伝え、7月13日、母親と兄が悲しみをこらえ現地に向かった。7月18日、遺骨と変わり果てた姿で大阪空港に帰国した福永真二をJACCの五十嵐敬之助らが出迎えた。

キャスケードを路肩に沿って一直線に走る福永の姿は対向車線の40年配の夫婦に目撃されていた。事故を起こしたシボレーの運転席からは少女の父親が、助手席からは母親が出てきたと言う。しかし、地元紙の報道は「15歳の少女が運転していた」と片付けた。「死人に口なし」の報道内容と遺族の事故現場確認に顔をも見せない非人道的な加害者家族に遺族は怒りを覚えるほかなかった。


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